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感動は、国境を超える。

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感動は、国境を超える。

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感動は、国境を超える。

VISION

野球少年の写真

日本が誇る夏の感動をアジアへ。

日本中の誰もが一度は虜になる夏の風物詩 “甲子園”。あの舞台でプレーすることを夢見る全国の野球少年にとって、何事にも代えられない大きな目標となり、生きる力になっている。日本では当たり前になりつつあるあの熱狂を、あの舞台を、アジアで再現したい。

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VISION

日本が誇る夏の感動をアジアへ。

日本中の誰もが一度は虜になる夏の風物詩 “甲子園”。あの舞台でプレーすることを夢見る全国の野球少年にとって、何事にも代えられない大きな目標となり、生きる力になっている。日本では当たり前になりつつあるあの熱狂を、あの舞台を、アジアで再現したい。

MIND

スタジアムの写真

感動は国境を超える。

“甲子園“という舞台では、毎年のようにスターが生まれ、汗と涙の感動の物語が繰り広げられる。あの感動を、日本だけに収めておくのはもったいない。100年の時を経て、国境を越える時が来た。

スタジアムの写真

MIND

感動は国境を超える。

“甲子園“という舞台では、毎年のようにスターが生まれ、汗と涙の感動の物語が繰り広げられる。あの感動を、日本だけに収めておくのはもったいない。100年の時を経て、国境を越える時が来た。

MISSION

野球場の写真

01

First Mission

アジア甲子園大会の実現を。

どうすれば、野球が盛んでないアジア各国に野球熱を生み出すことはできるのか。“甲子園”という日本の伝統的な野球文化を、アジアへ輸出してはどうか。代表柴田は、漫画・ドラゴン桜の著者、三田紀房先生から言われたこの話を、昨日のことのように覚えている。

「アジアの子供たちはプロ野球という選択肢がそもそもない。それなのに、なぜ野球をするのか。日本の野球少年は甲子園をテレビで見て、あの画面の中に入りたくて、野球を始め、それに向かって熱中したのではないか。」三田先生の代表作、ドラゴン桜でいう“東大”はイコール野球で言うならば甲子園、まずみんなが目指すゴールとなる大会を、あの聖地を作ることを、実現したいと強く思った。

この壮大な取り組みは到底1人で実現するような規模ではない。各ジャンルの有識者を設立メンバーとして招聘し、賛同と協力を得て、このプロジェクトはスタートした。国境を越え、感動を生み出す世界を、素晴らしいメンバーと共に…

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02

Second Mission

アジア進出により、日本プロ野球市場の拡大に寄与する。

日本のプロ野球市場及びプロ野球ファンは、サッカーや他の競技とパイを取り合いながらなんとか縮小を防ぐという活動が何年も続いている。

今あるパイを奪い合うのではなく、そもそもの母数を日本国内だけでなく、まだ野球が浸透していないアジア各国を巻き込むことで、解決できないかと考えた。
”アジア甲子園大会”の実施は、それらを実現させるためのFirst Missionであり、100年前に日本で甲子園が始まった時のように、大学野球、プロ野球などに派生した野球界の発展は、過去の成功体験を通じて実現できると信じている。

果てしない挑戦であり、すぐにはその世界を想起できない方も多いと思うが、私達は、実現した先の明るい未来を信じて、今、その一歩を踏み出した。

MESSAGE

苦境に立たされながらも
夢中になって目指したいと
思えるもの。

一般社団法人NB.ACADEMY、代表理事の柴田鐘吾と申します。本団体設立に至った背景を、私の生い立ちと実体験を交えお話しさせてください。

私は、中学生時代に厚生労働省指定の難病「ベーチェット病」を患いました。野球を続けたら命に関わると医師に言われながらも、それでも憧れの甲子園を目指し、全寮制の高校生活を送っていました。40度の高熱と激しい腹痛に襲われる度、入退院を繰り返しながら、高校3年の夏、念願の甲子園出場を果たし、憧れのマウンドに立つことができました。仲間と過ごした3年間と、あの夢のような空間は一生忘れることなく私の胸に刻まれています。

難病を理由に、高校3年間で野球をやめることを決めていましたが、甲子園をきっかけに100通を超えるお手紙をいただきました。その多くは「その後も野球を続ける姿が見たい」というものであり、改めて私はプロ野球選手という大きな目標を掲げ、野球を続ける決意をしました。もし甲子園に出ていなければ、プロ野球選手になることもなく、私の人生は大きく変わっていたと思います。それと同じくらい、私の野球人生において影響を受けた出来事がもう1つあります。

実は難病発症前、アメリカで行われる中学世界大会出場を控えており、初の海外遠征を心待ちにしていましたが、病気を理由に辞退せざる終えない状況になりました。その日から私は異常なまでに海外への興味を持つこととなり、プロ野球引退後も野球を教えにフィリピンへ足を運ぶなど、野球を通じて交流を持つ機会がありました。しかし、野球に熱中する姿は同じでも、何か物足りなさを感じ、違和感を覚えることがありました。また彼らのほとんどは、中学、高校になるに連れて、野球から離れる子が多いという現実も知りました。

「海外に住む子供たちは、どんな環境下でも夢中になって目指したいと思える大会があるのだろうか。」「そもそも野球が発展していない国では、プロ野球選手を目指すという選択肢すら思い浮かばないのではないだろうか。」この2つの経験から、日本とアジアの野球文化の違いに、深い興味を持つようになりました。

立場や環境は違うものの、苦境に立たされながらも夢中になって目指したいと>思えるもの、それは日本の当たり前の光景になっている”甲子園”ではないだろうか。

「最近の若者は」「時代が変わり、昔の価値観は通用しない」という言葉をよく聞くようになりました。しかし、いつの時代も、甲子園球児は同じ目をしています。人や時代が変わっても、”甲子園”という舞台がある限り、そこを目指す若者の情熱は醸成され続けます。3年間掛けて彼らの目に宿るものこそ、甲子園が創り出す産物だと、私は確信しています。

コロナウイルスが蔓延し、暗いニュースが多い中、日本からそう遠くないアジアに住む子供達に、私と同じような経験と感動を味わってもらいたい。そして、甲子園を目指した時間を、後の人生に繋げ、活かしてもらいたい。日本の伝統的な野球文化である”甲子園”の魅力を、国境を越えて届けられること、この取り組みが結果的に日本プロ野球市場の拡大寄与に繋がると考えた時、動き出さない理由が思いあたりませんでした。

visionとして掲げた「日本が誇る夏の感動をアジアへ。」を実現すべく、ご賛同いただける日本の皆さんと力を合わせ、長い年月を掛けてでも、カタチにしていきたいと心から願っています。

「感動は、国境を超える」

MEMBERS

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代表理事

柴田 鐘吾

起業家

明治大学文学部卒業。難病ベーチェット病初の元プロ野球選手、現起業家。日テレ系列の「24時間テレビ」や、「衝撃のアノ人に会ってみた」にて、難病を克服して甲子園に出場し、プロ野球選手となり、外資系コンサル・アクセンチュアへの異例の転身について取り上げられた。現在は、業務/ITコンサルティング事業、スポーツブランディング事業をメインとした会社を経営している。

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理事

三田 紀房

漫画家

明治大学政治経済学部卒業。 代表作は「ドラゴン桜」「インベスターZ」「クロカン」など。「ドラゴン桜」で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。 野球漫画を多く書いており、毎年夏の甲子園は現地で観戦する程、甲子園を愛している。

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理事

古川 久人

企業アドバイザー

東京大学経済学部卒業。元住友生命執行役常務。現在は、上場企業や外資系企業、スタートアップ企業の顧問・アドバイザーを複数社担当する等、企業アドバイザーとして貢献している。
また、環境保護活動、音楽振興に関する公益財団法人の理事を務めており、幅広く社会貢献活動にも取り組んでいる。

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理事

土屋 炎伽

タレント

明治大学国際日本学部卒業。2019年ミス・ジャパン初代グランプリを獲得し、幅広い分野で活動。大学では体育会応援団チアリーディング部に所属し、数々の応援活動を通してスポーツの素晴らしさを実感した。その体験から本団体の趣旨に賛同し、スポーツに留まらず様々な対象への『応援』の素晴らしさを伝えていく。

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監事

石原 遥平

弁護士

慶應義塾大学法学部法律学科単位取得退学(ロースクール飛び級進学のため)、慶應義塾大学大学院法務研究科修了。
現在、弁護士法人淀屋橋・山上合同にてスタートアップ支援やスポーツ法務を中心に弁護士として活躍しているが、高校時代(県立前橋高)には主将・4番一塁として第74回選抜甲子園に出場した経験も持つ。

Profile

団体名

一般社団法人 海外野球振興協会
NB. ACADEMY

設立

2022年8月

代表理事

柴田 鐘吾

拠点

東京本社:東京都港区六本木6-2-31-16F
福岡支社:福岡県福岡市中央区舞鶴2-1-1
沖縄支社:沖縄県宜野湾市大謝名2-28-6